
2026年(令和8年)4月1日から、不動産の所有者は氏名や住所の変更日から2年以内に変更登記をすることが義務化されます。過料を避け、将来の売却や相続で困らないために、今すぐ知っておきたいのが「検索用情報の申出」です。
住所変更登記義務化の背景と「検索用情報の申出」が必要な理由
「所有者不明土地問題」と法改正の経緯
近年、登記簿上の住所や氏名が古いまま放置され、連絡がつかない「所有者不明土地」が全国的に拡大しています。公共事業や災害復旧において多大な時間や費用、労力を要し、経済的損失は年間1,800億円規模とも試算される、深刻な社会課題です。
国土交通省:所有者不明対策の地方公共団体への働きかけについて
https://www.hrr.mlit.go.jp/youchi/kyogikai/02_katsudou/00_pdf/R05_06siryou5.pdf
これを受けて、2021年(令和3年)の民法等改正で「住所や氏名・名称の変更日から2年以内に変更登記を申請する義務(住所等変更登記の義務化)」が新設され、施行日の2026年(令和8年)4月1日以降、違反者には過料が科される仕組みが整備されました。
法務省:住所等変更登記の義務化特設ページ
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00687.html
また、住所等変更登記の義務化と併せて、登記官が住基ネット情報を検索して職権で登記を行う「スマート変更登記」が導入されることになり、その前提として、所有者があらかじめ検索用情報を提供する仕組みが「検索用情報の申出」です。
法務省:検索用情報の申出について(職権による住所等変更登記関係)
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00678.html
スマート変更登記、検索用情報とは?
「スマート変更登記」は前述の通り、登記名義人が自ら申請しなくても、登記官が「検索用情報」を用いて、住基ネットから最新の住所や氏名を取得し、職権で変更登記を完了させる制度です。
「検索用情報」として提出が求められる項目は、次の5つです。
- 氏名
- 氏名のふりがな(外国籍はローマ字表記)
- 住所
- 生年月日
- 本人専用メールアドレス(無い場合は「なし」で可)
検索用情報を提出するタイミングは、次の2通りです。
- 同時申出:保存や移転などの所有権登記を申請するときに、併せて申し出る
- 単独申出:既に登記済みの不動産について、登記申請とは別に申し出る
検索用情報を提出すると登記官から確認メール(または書面)が届き、「変更してよい」と回答すれば、自動で変更登記が完了します。
検索用情報の申出 ― 3つの方法と概要
オンライン申請(ブラウザ型「かんたん登記申請」)
専用ソフトや電子署名が不要で、スマホやPCのブラウザだけで完結します。
- 法務省サイトの「かんたん登記申請」ページから〈検索用情報の申出〉を選択
- 画面案内に沿って氏名カナ・住所・生年月日・メールアドレスを入力し、運転免許証等をPDF添付
- 送信後、受付メールが届き、不備がなければ完了通知メールが配信されます
向いている人
- 既に不動産を所有しており「単独申出」だけ済ませたい
- 平日昼間に法務局へ行く時間が取れない
- パソコンの操作に抵抗がない
オンライン申請(総合ソフト+電子署名)
司法書士など、代理人が複数物件をまとめて申出する場合や、会社・法人手続きと併せて行うケースで採用されることが多い方式です。
- 無料の「▶登記・供託オンライン申請システム(申請用総合ソフト)」をインストール
- 申出書を作成し、ICカードリーダーで電子署名を付与して送信
- 進捗はソフト内で随時確認でき、代理人は職印・資格証明書をPDF添付します
向いている人
- 司法書士・弁護士など資格者代理人
- 一度に多数の不動産を扱う不動産業者・資産管理会社
- 電子署名用ICカードや環境が整っている
書面申請(郵送または窓口持参)
紙で出したい人向け。▶法務省のホームページ から ▶書式(記入例)をダウンロードし、プリントした申出書に必要事項を直筆で記入します。
- 添付書類:運転免許証やマイナンバーカード表面のコピー等
- 封筒表面に「検索用情報申出書在中」と記載し、簡易書留など記録付き郵便で送付。窓口持参も可
- 原本還付を希望する場合は「原本還付請求書」+謄本を同封します
向いている人
- メールアドレスを持っていない/オンライン操作が不安
- 代理人に依頼せず自分で書類を作りたい
- 原本提出・還付手続きを確実に行いたい
検索用情報の申出 – 主なメリット / デメリット
検索用情報を申し出ず、住所等変更登記も行わないまま2年を超えると、5万円以下の過料を科される可能性があります。
また、売買・相続・融資など次の登記手続きに進む際、
- 旧住所のままでは移転登記が受理されず、二重手続きが発生
- 必要書類の追加取得や、法務局への往復で数週間〜数か月のロス
- 相続人・共有者が複数いる場合は連絡付けが難航し、不動産の流通が滞る
といった時間的・金銭的コストが膨らみます。
逆に、今のうちに検索用情報を申し出ておけば、住基ネット連携により変更登記義務を実質的に「自動履行」でき、将来のトラブルを未然に防げます。
筆者の私見:検索用情報の申出と「連絡手段・申請支援」をめぐる3つの違和感
なぜ LINE ではなくメールアドレスが必須なのか
いまや多くの方にとって、日常の連絡手段はLINEやSNSのDM(ダイレクトメッセージ)が中心です。対してメールは「ネット通販からのお知らせを見る程度」や「ほとんど開かない」、「そもそも持っていない」という声も珍しくありません。
それでも法務省がメールアドレスを必須項目(※無い場合は“なし”と記載)としたのは、
- 公的機関との正式な意思確認において、既に標準化された手段であること
- メールは送受信ログを証拠として保全しやすいこと
- LINEは国内民間企業のサービスであり、将来の仕様変更やサービス停止リスクを行政が担保できない
――といった、“制度側の事情”が大きいと感じます。
メールアドレスが無くても申請は可能 ― むしろ郵送を望む人も
検索用情報の申出では「メールアドレスなし」と記載すれば、手続き自体は通ります。その場合、登記官からの確認は書面郵送に切り替わり、返送用封筒で回答する流れです。
シニア層や、紙文化に慣れた方からは「郵便の方が確実」「紙で残るので安心」という意見も根強く、“メールより郵送が良い” と考える人も少なくないと感じます。
一方で郵送になると、
- 確認書類が届く → 記入 → 返送 → 法務局到達──完了まで数週間~1か月超かかることもある
- 転居などで郵便が戻ってしまうと、義務未履行リスクが再発
というデメリットもあります。
「スピードを取るか、紙の安心感を取るか」が利用者側の選択ポイントになりそうです。
「かんたん登記申請」は、本当に“かんたん”か?
ブラウザだけで済む「かんたん登記申請」は、確かに一般利用者には便利かもしれません。
しかし、司法書士が代理で手続きする場合、
- 物件数が多い場合や代理申請では総合ソフトほど柔軟ではなく、実務上は総合ソフトを選ぶ司法書士が多い
- 代理人資格証明書の添付や、委任状のアップロードが煩雑
- クライアントのメールアドレス欄を空欄にできず、一旦“なし”で送って後から郵送確認…など補正リスクが高い
といった“プロ泣かせ”の側面があります。
もし、お客様から「かんたん登記申請を手伝ってほしい」と依頼されたら?
- 入力ガイドの提供:画面キャプチャ付きマニュアルを用意し、お客様自身で送信してもらう
- 委任状を取得し、総合ソフトで代理申請:複数物件や共有者が多いときは一括処理できるこちらが現実的
- サポート契約を明確化:単なる相談支援なのか、書類作成代理なのか、業務範囲と報酬を最初に整理
特に 2.を選ぶ場合、司法書士側は従来どおりの電子署名フローで進めるため、結果的にミスが少なく、完了も早い――というのが実務上の体感です。
「検索用情報の申出」のまとめ
お客様には「自分で手軽に」「確実に専門家にまかせたい」―― いずれのニーズもあります。
私たち専門家は、そのギャップを埋める最適ルートを提案する役割が求められていると感じます。